ふと視界の隅に捉えた見慣れた男の見慣れぬ姿に瞬きして、シュナイゼルは会談を暫し中断すると着かず離れずの距離をとって護衛をする己の騎士の一人を呼び寄せ短く命令を下す。

速やかに命じられた事を果たすべくその場から離れていく騎士を一顧だにせず再び談笑の輪に戻る彼の思考は、既に退屈なこの場から遠く離れていた。

 

好き、嫌い

 

第二皇子の立場に相応しく割り当てられた休憩室は格式高い高価な品々が配されていたが、生憎と好みには合わずに不快な気分にさせられる。どこか別の部屋を手配させようかと、これだけは気に入った寝椅子(造詣はともかく、座り心地は悪くない)に深く埋もれ、手摺に突いた肘から続く布に覆われた指を頬に添えながらシュナイゼルが考えた所で誰何の声もノックもせずにひょいと小柄な男が扉を開けて姿を見せた。

「お呼びにより馳せ参じましたよぉ、殿下」

「ロイド」

「はいは〜い。あなたのロイドですよぉ」

久しぶりに会ったというのにふざけた返事をしながらどこかへにゃへにゃと頼りない足取りで近づいてくる男の全身を汲まなく観察しながら、やはりいつもの方がしっくりくると皇帝に次ぐ権力者たる彼は断じた。彼が断じたということは、それは世界の定説ということだ。覆る事の無い事実に、だからシュナイゼルは臆面も無く口にする。

「いつもの姿の方が私は好きだよ」

似合わないと言うわけでは無いが、やはりそぐわない。伯爵と言う立場に相応しく白衣を脱ぎ捨ててサッシュベルトも優雅に結んで立つ礼服姿の男は、些か線の細さは目立つがむしろ貴族としてはこんなものだろう、それなりの美男子。

だがやはり普段のあのマッド・サイエンティストのような(ようなではなくそのものかもしれない)科学者姿が好ましい。

「僕もあっちの方が気に入ってるに決まってるじゃない。でもさぁ、こ〜んな場じゃ流石に無理があるでしょ」

ジャケットの袖口から僅かに覗くドレスシャツ特有のひらひらとしたドレープを抓んでおどける男の言葉は成る程まさしくその通り。恐らく家人に口煩く言われていやいや出てきたであろう今日のパーティに相応しく飾り立てた衣服。

しかしこの部屋同様気に食わずにほんの僅かな苛立ちを覚える。先ほどか会場で見たときはただ珍しいとしか感想は抱かなかったし、常ならば新鮮味があっていいと愉快に思う余裕もあったかもしれないが、今の気分ではそうはいかない。

「今度からアスプルンド伯は社交界でも白衣姿でかまわないと勅令を出そうか」

皇子殿下の唇から漏れたまるで子供の思いつきのような戯言にきょとんと眼を瞬かせて、ロイドは笑う。

「あは!今日はご機嫌斜めだねぇ、シュナイゼル」

「少しばかりね」

「ふ〜ん。さしずめこの部屋が原因?君の好みじゃあないもんねぇ」

一通り備え付けられた調度品を見回して、疑問符をつけながらじつの所断定している男にシュナイゼルは優雅に首肯する。戯れ以外でこの男相手に嘘をつくような気はさらさらないので、シュナイゼルとロイドの会話はあけすけで飾り気の無いものに偏りがちである。

「じゃあ、僕が気晴らしの相手をしてあげよぉか」

常に完璧な形に整えられた第二皇子殿下の首元のスカーフに手をかける男に軽く顰めていた眉を少々深いものにしながら、さてどうしようかとシュナイゼルは思考した。

確かにそのために呼んだのだし意図は間違っていないのだが、趣味にそぐわない場で趣味にそぐわない服装をした相手との情事とはどうしたものだろう。

鷹揚に見えて実際は心の狭い所もある彼は暫し逡巡するが、すぐさま葛藤に蹴りをつけると常とは違う肌触りを与える男の衣服に手を滑らせてその肩に手をかけた。やはり、ほんの少し違和感がある。

いつものあの慣れたすべらかさが望ましい。

「眉間に皺なんてぇ、綺麗な顔が台無しぃ」

ちゅっと音を立てて指摘された部分に落とされたキスは、かまわない。

ほんの僅かに機嫌を直して、どうせ脱いでしまえば問題は無いかとシュナイゼルは自分に覆い被さる情人のボタンに手をかけた。

 

 

(あの人はさぁ、意外と好き嫌い激しいんだよねぇ)